正願寺様でのコンサートちひろブログ

[投稿日] 2012年07月02日 [カテゴリー] CONCERT コメント (7)

東日本復興応援コンサートを終えて、その2日後。30日は岐阜県安八郡神戸町の正願寺様でコンサートをさせていただきました。

お客様の中には、ご門徒の皆様以外にも、いろいろな地域からお越しくださり、関係者もみな嬉しい驚き♪

このコンサートに合わせて電子ピアノを新しくご購入してくださいました。

2部構成のコンサートで、1部は金子みすゞさん6曲。2部は歎異抄からとみすゞさんの歌、「お仏壇」の詩の朗読もまじえてお届けしました。

本堂の廊下にもお客様があふれてのコンサートとなりました。

岐阜のお寺様とのご縁は、この方、岐阜幼稚園の副園長野波先生のご縁からいただいています。

最後に、正願寺様のお孫さんお二人から大きな花束をいただきました。まだ2歳の身体には大きな大きな花束でしたが、しっかり渡してくれました♪

そして岐阜幼稚園の先生からも花束をいただきました!90歳を超えられたお母様と一緒に来てくださいました。感激です。

花束をいただいたお礼の1曲として「愛燦燦」を。皆さんも一緒に歌ってくださいました♪

終演後はCD販売サイン会もさせていただき、男性の方で同じ「千尋」というお名前の方もいらっしゃり、熱い握手を交わしたり、嬉しいひとときでした。

3月にも岐阜県の宝光寺様でコンサートをさせていただきましたが、その時にも来てくださった方々が今度は別のお友達を連れて来てくださったり、そういった嬉しいご縁の広がりもありました。

コンサートを無事に終えて、夜は正願寺様ご夫妻、宝光寺様ご夫妻、そして野波先生恵光寺様ご夫妻、そして三重県から来られたご住職様と会食させていただきました。

こうして、岐阜県でのご縁も多くいただいて、本当に有り難いです。。。

さてさて、この30日のコンサートで、15日に山口を出発しての一連のコンサートが全て終了しました!

本当にこの日々に出遇った全ての方々に、感謝の気持ちでいっぱいです。

この思いにぴったりな言葉が見つからないくらいに、感謝の気持ちで溢れています。

今日は実は愛知県小牧市へ来て、22日にコンサートをさせていただく会場で打ち合わせをさせていただいて、そして今、山口への帰路の途中です♪

半月以上の長旅。こんなに感慨深い気持ちでいることに、ただただ、有り難し。

明日、山口へ着です♪

正願寺様でのコンサート への7件のコメント

  1. 宗方和子 より:

    ちひろさん、長尾さん、岐阜でのコンサートも心通うすばらしいものであったということが、ブログから伝わってきて思わず拍手をしてしまいました。郡山の宗方和子です。先週の金曜日は、ちひろさん総集編のラジオだったのに、ごめんなさい。伝えたいことを、言葉にする前に涙がこぼれてしまい、大漁のCDをかけてる間になんとか涙をこらえようとしましたが逆効果でした。パーソナリティとしてだめだめでした。これを、我が家では、ちひろさんショックと命名し、夫も同じ症状です。間違いなく、名木応援団長、安藤サポート隊長も
    同じ病でしょう。処方箋はなく、ちひろさんや、長尾さんが、福島に残してくれた見えないものをしっかりと見つめて、再会の日に胸を張って、会えるよう生きるだけです。私たちには、ビッグスマイルさんからのイラストはがきがあります。このはがきが証です。つながっている証です。一生懸命、生きてきたよ、こんなにきれいな街になったよ、みんな福島に帰ってきたんだよ。って言って会える日が一日も早くきますように。
    ちひろさん、長尾さん、いっぱい、いっぱいありがとうございました。 郡山コミュニティ放送、宗方和子

  2. ちひろ より:

    宗方和子さんへ
    とても嬉しいメッセージまでいただいて、有り難うございます!!
    金曜日のラジオ、途中からはサービスエリアで停まって聴きました。送ったメールは電波が届かなくならないうちと、その時の想いをわ~っと送ってしまったので、後から思えばもっと伝えたい思いがたくさんあったのにぃなんて、思ったりしながらも、宗方さんの一言ひと言を、味わいながら感激しながら聴かせていただきました。
    今日は途中、岡山県内で1泊し、明日山口着ですが、今日高速道路のSAでの昼食の時も、宗方さんをはじめとする皆さんのことを話していると、涙が出てしまいました。
    本当に感謝という言葉しか表現できないのが悔しいくらい、今回の応援コンサートは、皆さんのお力添えあってこそ実現出来ました。そして嬉しいお出遇いの宝物になりました。
    宗方さん、本当に本当に有り難うございました。
    そして、これからも、ずっとずっと、よろしくお願いいたします!なんだか書けば書くほど言葉が足りないと思うけれど、またこれからも、どんどん伝えていきまーす!ちひろ

  3. マネージャー長尾 より:

    宗方和子さま
    この度は、本当に有り難うございました!宗方様がくださったこのご縁、かけがえのない宝物です。先日のラジオ放送、長野県内のサービスエリアで聴かせていただきました。宗方様の温かな想い、とっても伝わって参りました。郡山を離れ、群馬、長野、岐阜、愛知…、そして今夜は岡山ですが、言葉や景色がその土地土地に変化していく様が、余計に寂しさを感じさせました。
    でも、本当の意味での距離はこれまでよりグッと近くなったように感じます。車で走ったら、たったの2日です(笑)!必ずまた伺わせていただきますね!!その日を心待ちに、西の地で頑張ります!

  4. ビッグスマイル より:

    ちひろさん、長尾さん、お疲れ様です。
    岐阜県でのコンサートも素敵なご縁がいっぱいの御様子でしたね!
    そして宗方和子さんのコメントを読み、思わず胸が熱くなり、こみあげてくる物がありました。
    ちひろさんがそうであったように、私も逆に元気を頂いたようにさえ思います。
    宗方様、名木様をはじめ東日本の皆様に、そして私の気持ちを届けて頂いた、ちひろさん、長尾さん、
    意は十分にお伝えできませんが、素晴らしい「絆」「ご縁」を本当に、本当にありがとうございました!
    これからも、みすゞさん(ちひろさん)を描かせていただきます!

  5. ちひろ より:

    ビッグスマイルさんへ
    無事に帰ってきましたよー!
    今回、28日の二本松市でのコンサートが終わった後、宗方さんご夫妻、名木さん、安藤さんにも、ビッグスマイルさんのイラストハガキをお渡ししたんです。今回一緒に復興応援コンサートを作り上げた仲間の証として。
    そして実は、私も含め今回のコンサートにお力添えをいただいた矢崎先生・草場さんをはじめとする金子みすゞ記念館様とジュラ出版局様、そしてイラストをたくさん描いてくださったビッグスマイルさんにと、福島の方から心こもったお礼の記念品をいただいているんです。また後日、お贈りしますね。
    心と心がこだまして、その証が形となって自分の手元に残る、見えるものと、その繋がりが絆となって広がる、見えないものと。
    どちらも大切な宝物ですね。

  6. 正願寺坊守 野村洋子 より:

    正願寺に来て公演ありがとうございました。
    早速、門徒さんに寺報「青光山」で次のように伝えました。
    ◎ちひろコンサート
     「青光山」の前号でお知らせした「ちひろコンサート」が、6月30日午後、正願寺本堂で開催されました。ちひろさんは、10日間にわたる東日本各地でのチャリティーコンサートの疲れも見せず、紫とピンクの和風の衣装でにこやかに登場。ちひろさんが作曲した曲にのせて、金子みすずの詩や歎異抄の一節を、美しい歌声で次々と披露してくださいました。「さびしいとき」「鯨法会」「こだまでしょうか」「私と小鳥と鈴と」などなど。金子みすずの詩の根底には、弱いものへのまなざしがあり、人間の弱さ、さびしさ、不安などを深く理解し、受け止め、寄り添ってくれるのです。
     歌の合間のちひろさんの語りも、歌同様に聴いている私たちの心に迫るものがありました。それは、ちひろさんが成長される過程で、自然に仏教への信心を深く身につけてこられたからだと思います。ちひろさんの祖父の東昇博士は、生前、京都大学の医学部名誉教授で国際医学会の学会長でありました。同時に非常に仏教への信心の篤い方でもありました。東博士は晩年に「念仏に出逢わなかったらこの世に生きている甲斐がない」と常々言っておられたそうです。その東博士の言葉は、ちひろさんが歎異抄からいただいた歌「ただ念仏して」に通じるものだと思います。
    ♪♪ただ念仏して 弥陀に助けられ 参らすべし 念仏には 
       無義をもって義とす 不可称 不可説 不可思議のゆえにと♪♪
     金子みすず、東昇博士、ちひろさん、それぞれの立場から、仏様のみ教えを伝えておられますが、その根はただ一つなのです。

  7. ちひろ より:

    正願寺坊守 野村洋子様
    先日は大変お世話になりました。そして有難いメッセージをいただき、とても恐縮しています。
    そして、寺報へのご紹介も有難うございます。祖父の生前からのご縁に導かれ、また祖父の人生を、今改めて見つめさせていただくきっかけを与えていただき、感謝の思いでいっぱいです。
    「歎異抄」を繰り返し読んだ時、不思議なもので、祖父がどんな煩悩に苦しんでいるのかが伝わり、それがまた、私自身が苦しんでいる煩悩と重なりました。同じ苦しみを味わい、同じ救いを求めているんだと、歎異抄を読んで実感しました。
    その時に、私の中にも祖父の血が流れているんだと、初めて感じる事が出来ました。
    偉業を成し遂げた祖父が、あまりにも大きな存在で、私とは違いすぎる世界で生きていたと思っていた祖父でしたが、歎異抄を歌にした時、途端に心に寄り添ってくれる祖父を感じる想いでした。
    歌を作り終えた時、涙が溢れ号泣しました。あれは私の涙ではなく、祖父の涙だったと、そう感じています。
    最後に残るものは信心だと、そう思わせていただく、今日この頃です。
    「ただ念仏」と言い遺した祖父の想いを、私も見つめながら歩んでいきたいと思います。
    本当に、この度のご縁、有難うございました。

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