昨日、金子みすゞ全集を30年前に出版され、今なおその心を大切に発信され続けておられる、JULA出版局の方から、メールをいただきました。
その内容が、読売新聞の関西版の夕刊に掲載された、「金子みすゞの実弟の日記発見」という記事だったのです。
これまでには、矢崎節夫先生が直接お会いされて、実弟の上山雅輔さんからお聞きしたりご紹介されたエピソードから知る内容でしたが、この日記はなんと1927年~1989年の間に記されており、59冊も存在しています。
直接矢崎先生にお渡し出来る機会も多々あったでしょうに、雅輔さんは自分の日記からのエピソードはお話していても、その実物を渡すということは、されなかったんですね。自分の日記は人に見せるためのものではなく、自分の想いを大切に綴るもの。その心はよく理解できます。
この日記は、雅輔さんが創立していた「劇団若草」(桃井かおりさん、音無美紀子さんらを輩出)の、劇団関係者が所蔵していて、そして昨秋、その方が高知県佐川町におられる親族に相談し、佐川町立図書館に寄贈されたそうです。
インターネットからもその記事が拝読できます↓↓
みすゞさんが亡くなられたのが、1930年。雅輔さんのこの日記は、1927年から付けられている。
ということは、みすゞさんがなくなる3年前から付けられている。
ちょうどこの27年は、みすゞさんが結婚した翌年で、初めて西條八十先生と下関駅で会った年。そして、みすゞさんが童謡詩人として高い評価を得ている時。
そして弟・雅輔さんは、自分の夢の実現、シナリオライターになるために上京する前年にあたる。
二人の姉弟の人生が大きく変化している時です。
とても興味深い。
高知といえば、私の祖母の故郷でもあるので、いつかこの大切な日記を拝見しに訪れてみたいです。





ちひろさん☆
そうなんですね(^^)♪
佐川は市内からも車で1時間程で行けるので私も晟吾連れて行ってみますね\(^o^)/
晟吾はちひろさんと一緒に行きたいでしょうけど(笑)
追伸
最近ちひろさんのCD聴かすとお腹の赤ちゃんがよく動くんですよ〜♪♪
晟吾に似てちひろさんの歌が大好きみたい♡
seigo_mamaさんへ
おなかの赤ちゃん、反応してくれてるんですねぇ。コンサート会場で、先日同じようにおなかにいるときに聴かせてくださったお子さまが、今こんなに大きくなりましたという、初対面でありながら再会のような、そんな嬉しいこともありました。
そのお子様は、音楽が大好きだそうです♪
佐川町に実弟さんの日記。高知県に、みすゞさんの不思議なご縁が出来ましたね☆
ちひろさま
時は過ぎていっても…時は、今と確実に繋がっていることを実感して、とても感激しました!
上山雅輔さんの日記に、金子みすゞさんのご活躍されていたご様子も、悲しい旅立ちのことも…後に本が出版されるまでの経緯、そして出版の喜びなども残されていると想像し、本当に大切な宝が見つかったように思います。
山上雅輔さんの劇団若草の創設者としての人生も、その時代を生きた方々のことを知る大切な資料であり証であると思います。
いつか、本当に自分の目で見ることが出来たら、どんなに嬉しいだろうと思います。
高知には、ちひろさんのCDを聞いて心和ます友人がいます!
いつか、きっと行きたいと思います。
純子さんへ
本当に、びっくりなニュースでした!
高知の地に寄贈されたことがまた不思議なご縁ですね。
日本のいろんなところに、みすゞさんや、みすゞさんの才能を誰より理解していた弟さんの心が広がることは、とても嬉しいことです。
ご友人の方にも、ぜひともわたしたちより一足先に、日記を見ていただきたいですね♪♪♪