東日本復興応援コンサート1【下高久仮設住宅】ちひろブログ

[投稿日] 2014年04月22日 [カテゴリー] CONCERT コメント (0)

4月4日金曜日、この日が今回8か所のコンサートの初日。福島県いわき市の下高久仮設住宅で歌ってきました。富岡町の方々が避難生活を送られている場所です。昨年に引き続き、2回目の訪問。

チームKのスタッフが、サプライズで作ってくださっていたポスター。本日開催の文字が、とてもいいです!ありがとうございます!

チームKのスタッフが、サプライズで作ってくださっていたポスター。本日開催の文字が、とてもいいです!ありがとうございます!

 

あらっ!こんなところから登場~!集会室の隣りの和室からでした♪

あらっ!こんなところから登場~!集会室の隣りの和室からでした♪

 

「月日貝」から歌いました。西から東へ会いに来ました~ということで♪

「月日貝」から歌いました。西から東へ会いに来ました~ということで♪

 

四季のいろんな童謡をメドレーで歌いました。早春譜~夏の思い出~赤とんぼ~冬の夜~そして、ふるさとです。

四季のいろんな童謡をメドレーで歌いました。早春譜~夏の思い出~赤とんぼ~冬の夜~そして、ふるさとです。

 

「明るいほうへ」照らされている、そして明るい方へ向かう、そんな願いも込めて。

「明るいほうへ」照らされている、そして明るい方へ向かう、そんな願いも込めて。

 

山口市のギャラリーナカノさんが発起人となっての復興支援プロジェクトの一つ、山口のアーティストが描いたイラスト入りのカレンダーの代金を寄附されたという、このカレンダーをいただいていたので、仮設住宅自治会へ3部、プレゼントさせていただきました。

山口市のギャラリーナカノさんが発起人となっての復興支援プロジェクトの一つ、山口のアーティストが描いたイラスト入りのカレンダーの代金を寄附されたという、このカレンダーをいただいていたので、仮設住宅自治会へ3部、プレゼントさせていただきました。

 

昨年も司会を務めてくださった、富岡町復興支援に力を注がれておられる、社会福祉協議会の吉田さん。今回もいろんな話を伺いました。

昨年も司会を務めてくださった、富岡町復興支援に力を注がれておられる、社会福祉協議会の吉田さん。今回もいろんな話を伺いました。

 

自治会長さんからお礼のご挨拶をいただきました。「もしも実現するんだったら~、来年もぜひ~、来ていただきたいんだけんども・・」

自治会長さんからお礼のご挨拶をいただきました。「もしも実現するんだったら~、来年もぜひ~、来ていただきたいんだけんども・・」

 

「嬉しいです!じゃあ、指きりしちゃいます?」

「嬉しいです!じゃあ、指きりしちゃいます?」

 

「ゆ~びき~りげんまん~・・・」と、来年もお邪魔することをお約束!

「ゆ~びき~りげんまん~・・・」と、来年もお邪魔することをお約束!

 

いわき市のかまぼこのお店「かねまん」のシーフードケーキをいただいて、最後は皆さんと握手を交わしました。

いわき市のかまぼこのお店「かねまん」のシーフードケーキをいただいて、最後は皆さんと握手を交わしました。

 

記念撮影♪来年もまた、一緒に歌いましょう!

記念撮影♪来年もまた、一緒に歌いましょう!

 

最後に、衣装につけている光るペンダントに興味をもって、「キラキラしてきれい~」と。せっかくなので、また、一緒に写真を撮りました♪

最後に、衣装につけている光るペンダントに興味をもって、「キラキラしてきれい~」と。せっかくなので、また、一緒に写真を撮りました♪

 

コンサート終演後、せっかくなので富岡町へ行きました。今は、一部のエリアだけ、足を運ぶことが出来ます。

コンサート終演後、富岡町へ行きました。今は、一部のエリアだけ、足を運ぶことが出来ます。

 

途中の道沿いには、こうして除染された場所の土の塊が置かれていて、これがずっと、ずっと、続くんです。

途中の道沿いには、こうして除染された場所の土の塊が置かれていて、これがずっと、ずっと、続くんです。

 

向こうには通行止めの柵が。

向こうには通行止めの柵が。

 

富岡は負けん!

富岡は負けん!

 

富岡の皆さんの心の源、夜の森の桜並木の風景です。

富岡の皆さんの心の源、夜ノ森の桜並木の風景です。

 

この日は、咲き初めたばかりの時でした。

この日は、咲き初めたばかりの時でした。

 

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富岡駅です。むこうに見えるのは、海。水平線も見える海。ここから、津波が襲ってきたんですね。

富岡駅です。むこうに見えるのは、海。水平線も見える海。ここから、津波が襲ってきたんですね。

 

人が住んでいない富岡の町は、3年前から、人の時間だけが、止まっているかのようです。

人が住んでいない富岡の町は、3年前から、人の時間だけが、止まっているかのようです。

今回、初日にこうして富岡町に足を運べたことは、とても大切なことでした。翌日も、富岡町や川内村、双葉町などから避難生活をされておられる方々の仮設住宅でのコンサート。その前に、私自身、直接心に記憶しておきたかったのです。

私がいろんな言葉を使って伝えるよりも、この現状をそのままそれぞれのお心で受け止めていただくことが、何よりだと思います。

そして、震災から3年経った今も、悲しみは続いています。

富岡町は、現在、帰還困難地域と居住制限区域、そして避難指示解除準備区域の3つのエリアに分けられています。

でも、一部地域が帰れるとしても、町は復興するのでしょうか。あの、人がいない町を見つめていると、その道のりが長いことは誰もが想像がつくことだと思います。

でも、富岡の方々は決めました。

「前を向いて歩いていく」と。

無情なまでに、鳥たちが綺麗な声で鳴いている。

町の方々が帰ってくるのを、待っているの?励ましてくれているの?

この日からスタートした私の復興応援への気持ちは、山口を出発した時からは、大きくうねりを感じました。

想像を超える、心と心の出遇いが、待っている、そう感じました。

 

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