気仙沼市にてちひろブログ

[投稿日] 2013年04月27日 [カテゴリー] その他 コメント (0)

気仙沼市立小泉小学校でのコンサートの日の夜、宿泊したホテルから徒歩1分のところに復興屋台村があったので、そこで夕食をいただきました。

復興屋台村「気仙沼横丁」。

復興屋台村「気仙沼横丁」。

居酒屋、焼肉屋、カフェ、食堂、いろんなお店が入ってます。

居酒屋、焼肉屋、カフェ、食堂、いろんなお店が入ってます。

町の皆さんの頑張っておられる姿が、目頭を熱くします。

町の皆さんの頑張っておられる姿が、目頭を熱くします。

はまらん家の「おかあちゃん」と一緒に。みすゞさんのことを以前から気になっていた詩人だったと、話が盛り上がりました。

はまらん家の「おかあちゃん」と一緒に。みすゞさんのことを以前から気になっていた詩人だったと、話が盛り上がりました。

はまらん焼きのセット。鰹節たっぷりで、はまらん焼きの全貌が明らかになってないかんじ?海の幸風味がっつり、ほたてが入った厚いお好み焼き。とっても美味しかった!

はまらん焼きのセット。鰹節たっぷりで、はまらん焼きの全貌が明らかになってないかんじ?海の幸風味がっつり、ほたてが入った厚いお好み焼き。とっても美味しかった!

はまらん家のおかみさんは、漁師さんなどのお客様から「おかあちゃん」と呼ばれていて、震災で被害を受けたお店は、とても活気があって・・・と以前のお話をしてくださいました。

そのおかあちゃんが、震災、津波について語られました。「そりゃ津波は残酷よ。でもね、私たちはその中でとても大切なことを学ばせてもらった。人の心の繋がり、昔の人の生活の知恵・・・」と語られ、そのお話は、とても胸を打つものでした。

そして、津波に襲われてからの数日間、メディアの情報が何も入らない時は、気仙沼市だけが津波に襲われたと思っていたとか。それが、ずいぶん経って避難所に新聞が来た時に初めて、津波の被害がどれだけ大きかったかを初めて知った時は、愕然としたと。

直接お話を伺ったこの時間は、とても貴重なものでした。

翌日の朝、みすゞさんのことも好きなおかあちゃんに、詩集とCDをプレゼントさせていただきました。とっても喜んでくださって、開店前にもかかわらず珈琲を御馳走してくださいました。一期一会のご縁です。とても有難い出遇いとなりました。

そして、車で走る事数分。屋台村にも写真があった、ある場所に辿り着きました。

今は、電信柱は復活していますが、寂しい中に、この船だけはこのままです。

今は、電信柱は復活していますが、寂しい中に、この船だけはこのままです。

ここと同じ場所です↓

大震災直後

大震災直後

どれだけひどいものだったか、、、実感がわかないくらい、写真を見てもそのがれきのすごさを理解し難いほどです。

そして、また進むこと数分。

復興マルシェで買い物しました。

復興マルシェで買い物しました。

いろんなお店が並びます。

いろんなお店が並びます。

以前は6人の従業員がおられたけれど、今はご夫婦でマルシェでお店をされている「海幸」さん。山口から復興応援コンサートで来たことをとても感激してくださり、なんと、サメの心臓が今ちょうど新鮮なのがあると、そのお刺身を御馳走になってしまいました!初めていただきましたが、これがこれが、ものすごく新鮮なので、とっても美味しかったです。

山口へのお土産を購入し、CDをプレゼントさせていただいて、お店を後にしましたが、車で駐車場を出る時、奥様が見えなくなるまで手を振って見送ってくださいました。そのお姿に涙が滲みました。

ほんのわずかな時間でしたが、気仙沼の方々の頑張っておられる姿に、胸が熱くなりました。

「復興」とは、どの段階から言えるのだろうかと、考えさせられます。でも、地元の方々はとても頑張っておられる。笑顔で接して下さって、サービスまでしてくださって、、、

心と心で出遇う日々。

気仙沼市で出遇ったたくさんの心、大切にします・・・。

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