南三陸町へちひろブログ

[投稿日] 2012年06月21日 [カテゴリー] その他 コメント (6)

今日は宮城県本吉郡南三陸町へ足を運びました。

メディアでこれまでにも何回も町の様子は紹介されてきましたが、やはりこの目でしっかりと見てくることが大切だと思い行きました。

鉄骨だけが残ったままの建物たち。

 

まだまだガレキとなってしまった残された物がいたる所に積んだままです。

そして、ここには、津波の際、町の皆さんに防災無線で避難を呼びかけ続けたという、遠藤未希さんがおられた防災対策庁舎の建物も、鉄筋だけ残った状態で今も在りました。

多くの献花とお焼香がそこにはあふれていました。

私も手を合わせお念仏唱えました。涙が止まりませんでした。

1年以上経っているとは思えない、まだまだ撤去途中の変わり果てた物たち。

残った家では、変わり果ててしまった風景の中で、生活していらっしゃる方々もいます。

家がなくなってしまった人も、家は残っても、その無残な景色の中で生活しなければいけない人も、皆大きな深い傷を抱えて生きています。

かもめは鳴き、雀が飛び交い、草は生え、花は咲いていました。

無常感でいっぱいになりました。

でも、そんな中で屋台のお店も数件あったり、再開した市場があったりと、一所懸命に上を向いて歩んでいる方々の姿が光りました。

だから、お昼は、この町を見渡せる「南三陸ホテル観洋」で、この町の海の幸をたくさんいただきました。津波を知っている海の命を。

さぁ、明日は白石市のひかり幼稚園でコンサートです。

私も、一緒に上を向いて歩いていく1人として、頑張って歌います。

 

南三陸町へ への6件のコメント

  1. seigo_mama より:

    ちひろさん☆
    写真のいくら丼はちひろさん、長尾さんのどっちが食べましたか!?
    僕はいくらが大好きなので、ちひろさんが食べたのなら好きなものが一緒なのでうれしいな♪晟吾より(^-^)v

  2. 松田 正純 より:

    お疲れ様です。
    山口市からエールを送ります。
    悪夢の日から一年三カ月が経った今でも、まだまだガレキの山ですね。
    何もしなければ忘れてしまう被災地のこと・・・
    現地に行かれた ちひろさんの行動を尊敬いたします。
    僕も、一人のミュージシャンとして、いつかそのうち現地入りしたいと思い続けてはいますが、なかなか実現することができません。
    なんとも、自分自身が、もどかしいですが・・・ちひろさんが、白石市で、現地の方々に生きる力を与えて下さると思うと、とても嬉しいです。
    せめて、遠く山口市から、ひそかに応援しております。
    がんばって下さい。

  3. seigo_mama より:

    ちひろさん☆
    僕は毎日元気に学校に行き、ちひろさんと会ったり話したり出来る事が幸せだなと思います♪これからもずっと(*^^*)晟吾より

  4. ちひろ より:

    晟吾くんへ
    さてさて、いくら丼はどっちだったでしょう~~。
    実は、長尾マネージャーでした!
    でも、いくらは私も晟吾くんと同じくらいの年齢の時は大好きでした。でもその頃にお寿司といえばタコといくらと玉子で、そのネタばかりを食べ過ぎて満足しすぎて今は普通になっちゃいました(笑)。
    今はお寿司では、穴子が大好きだよ。
    そして、毎日、いつもどおりの生活ができること。これがどれだけ倖せなことか、もっと毎日感謝しなくちゃいけないなって思います。毎日学校へ行って、その倖せを学校のお友達みんなと分かち合ってね!

    松田正純さんへ
    エールメッセージありがとうございます。
    現地の声はとても切実ですよ。
    特に原発問題で福島県郡山市へ避難されている方々は、未来が見えない中で苦しんでおられます。
    復興応援というのは、自分が無理せず出来ることを長く継続することが一番大切だと思います。
    そして、現地のお声をしっかりと聴き、受け止めること。復興応援コンサートも、私は現地から「来て」と言われた場所だけ行っています。それが大切なことです。昨年あまりにも一方的なコンサートイベントが多くて、今受け入れられない思いのところもあるのです。
    だから、山口に居ても出来ることをすることは、とてもいいことだと思います。
    私もこの2週間は福島県・宮城県で密着ですが、また山口に帰ったら、山口にいながら出来る応援を続けていこうと思います。

  5. 藤井真由美  より:

    ちひろさんへ。
    こんばんは。テレビでもこれまで津波の後の場所をたびたび観て。
    そして写真で観て、もしこれが自分だったらと。
    そして、津波の際、町の皆さんに防災無線で避難を呼び続けてたという、遠藤未希さん、どんな気持ちだったのでしょうね。思い出すと涙が出てきます。

    昨年の3月11日の東日本の津波以来、私自身は体験したことはありませんが、自然はときには怖いと思いました。

  6. ちひろ より:

    藤井真由美さんへ
    そうなんですよね。自然を目の前に人間はとても小さな存在ですよね。
    自然への畏敬の念を忘れてはいけない。そう思います。
    遠藤未希さんのこの最後の姿は、道徳の教科書にも載ることになったそうですよ。
    人の為に尽くした命は、こうして生き続けていくんですね。永遠に。

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