今日は久しぶりに空いろ合唱団の練習日でした。今日から新しいメンバーも1人増え、ますます楽しい合唱団♪
8月20日に出演したルネッサながとでのイベントでの、良かったことと直していくことなどを、それぞれが感想を述べてみんなで確認し合いました。一つひとつのステージを経験した後の練習は、いつも思いますが、また一つ成長しています。
今日の「大漁」の歌も、とっても良かったです。みすゞさんの「大漁」の詩は、いろんな作曲家がいろんなメロディをつけています。そして、詩の前半のメロディを明るく付け、後半のメロディをせつなく作っている曲が多いのです。が、私のメロディは、最初からせつないのです。大漁の詩を読み終えた時、私は最初の言葉のメロディを、どうしても明るく作ることは出来ませんでした。
私の中で、この大漁の詩の心は、この地球の摂理を物語っているところにあると思うからです。
大漁旗を掲げお祭りのように喜んでいる様子と、海の底での魚の悲しみ。この二つの対比こそ、地球の姿であると思います。世の中の喜びの反対側では悲しみが存在していること。この宇宙の法則といいましょうか、自然界の摂理が、人間にとって、なんともせつない。それを、みすゞさんは見つめていて、「大漁」の詩を残したんだと思うのです。
詩の光景をメロディにするのか、詩の解釈をメロディにするのかで、メロディは全く別のものになります。
どちらでもいいのです。作曲者の感性はそれぞれですし、歌う人もそれぞれなのです。
そのそれぞれの感性を、統一する必要はないのです。
空いろ合唱団のみんなは、ちゃんと「それぞれ」だということを分かっていました。だから、今日も、みんなが思う「大漁」の心を歌いました。
大人が、一方的な見解で公の場で意見を言う。今の日本は特にその傾向が強いように思いますが、子どもはちゃんと、見ています。
みすゞさんの詩「空いろの花」
青いお空の色してる、
小さい花よ、よくお聴き。
むかし、ここらに黒い瞳(め)の、
かわいい女の子があって、
さっき私のしてたよに、
いつもお空をみていたの。
一日青ぞら映るので、
お瞳(めめ)はいつか、空いろの、
小さな花になっちゃって、
いまもお空をみているの。
花よ、わたしのお噺(はなし)が、
もしもちがっていないなら、
おまえはえらい博士より、
ほんとの空を知っていよ。
いつも私が空をみて、
たくさん、たくさん、考えて、
ひとつもほんとは知らぬこと、
みんなみていよ、知っていよ。
えらいお花はだァまって、
じっとお空をみつめてる。
空に染まった青い瞳で、
いまも、飽きずにみつめてる。
(金子みすゞ童謡全集より)※現代仮名遣いにしています
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ちひろ先生、ますますお忙しそうですね~!
「大漁」の詩、私もあの詩は、みすヾさん的にはいわし側(弱い立場)のことを言いたかったんだと、ずっと思っていました。
だからちひろ先生の「大漁」は、せつない感じがとてもしっくり来て、間奏もダイナミックな海の弔いの様子が目に浮かぶようで、大好きです。
一番好きかも(*^_^*)♪
喜ぶ人の裏に悲しむ人、笑う人の裏に怒る人。
みすヾさんの詩は、裏の人に思いを寄せているから、心に沁みこむんですよね。
詩の解釈は人それぞれですし、ましてや断定したり押し付けられるものではありません。
感じることは人それぞれ。
空いろのみんなは、みすヾさんの心とちひろ先生の思いを、ちゃ~~~んと分かって歌っていますよね。
だからいつもの無邪気がステージでは一転、一生懸命!
聴いてくださる方も、まだまだ拙い演奏とはいえ、それが伝わり、たくさんの拍手をくださいますものね♪
それにしても、言葉を上手に使うのは、やはり日ごろからの心の持ち方ですね。
「確かにその通り」と言うことも、思いやりややさしい気持ちで口に出さないと、周りの人まで不愉快な思いをさせますね・・・。
みすヾさんは本当に、まっすぐな気持ちで日々を過ごしていた人なんだなあ~、と、つくづく、感心しました。
大人として、わが身を振り返らないと!
勉強になります(笑)!!
リーダー母さまへ
いつも本当に合唱団のためにお力添えいただいて、有難うございます!!
「大漁」についてのお言葉、とても嬉しいです。いろんな想い、解釈があって当然ですが、自分と同じ気持ちを分かち合える存在は、やはりとても嬉しいです。
一つひとつの言葉に乗せる心。
本当に、みすゞさんはつくづく素晴らしい人だと思いますよね。
自分自身も、日々反省をしつつ、みすゞさんに近づきたい一心です♪
日々、学びの毎日ですよね。
これからも、リーダー母さまのお力添えが必要な空いろ合唱団。よろしくお願い致します♪